林道の旅人
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バイク四方山話

第4話 原付2種 三角マークとフロントの白帯の話


 数年前のことである。俺は警察官から停止を命じられた。
 
 2段階右折の道路交通法違反だそうだ。


 県外を気持ちよく走っていた時のことだ。
 大きな交差点を右折した途端に赤い停止旗を持った警察官が飛び出してきたのだ。



「はいはいはいー。止まってくださいねー」


 細身の警察官が停止旗を振りかざして、俺の前方を遮断する。

 何が何だかわからないがとりあえず急制動。

 なんですかという言葉を出す前に、警察官は言う。

「だめですねー。ちゃんと交通法規をまもらなきゃ」

「はい?」

 いきなり、俺は交通法規を守らない犯罪者と位置づけられた。
 このだめだしの効果は絶大なものがある。

 犯罪者といわれたら、なぜかその気にさせられるのだ。制服の魔力という奴だろうか。
 





「えーと。あの、何の容疑ですか」




 警察官は俺のほうをじろっと見て言う。

「道路交通法違反です」

 俺的には、信号に従って右折をしただけだし、前の車と一緒に曲がっているので、速度超過というわけでもない。異議を申し立てようとしたら、警察官は、駐車場の奥の移動交番車を、停止旗で示していった。

「奥の移動交番のそばのおまわりさんのところに行ってください」

 有無を言わせない口調で警察官は移動を指示した。



 駐車場にバイクを進めたら手招きをされた。

「ここに停めてください」

 無線機を腰につけた警察官が停車場所を指示する。

「はいはい」

 こうなったら切符の2枚や3枚、もらってやるぜという捨て鉢な気持ちで、移動交番ーマイクロバスだったーに乗り込む。



「あーこっちです」

 長机が中央に置かれていた。机の向こう側の警察官が俺を呼んだ。

 警察官と机を介して向かい合う形で座る。

 パイプ椅子で向かい合う。

 相手はなかなか温和な性格のようだ。愛嬌がある。




「はい、免許証を出して」

 言われるままに免許証を渡す。

「大分県ですかあ」




 警察官の口調になまりがある。いや、今は大分県の俺のほうがなまっているというべきか。

 青い交通切符にさらさらと俺の免許番号や氏名やらを書き込んでいく。

「で、俺の道交法の違反は何ですか」

 警察官に質問する。

「んーとね、2段階右折ですね」


「はい?」

「あの交差点は2段階右折なのね。ついつい時間がもったいないっていきなり曲がるけどね、原付でやると危険なんだね」




 そうですな。大きな交差点だし、原付なら危険ですな。え?


 ええと?どう答えようか。



「あの、それって99ccにも適用されるんですか」




「は?」

 警察官は切符に書き込むのをとめて俺を見た。


「99? 」

 躊躇したようだが、99CCが125CCの範疇に入るのを思い出したのだろう。言葉を続ける。

「 ああ。125ccクラスにはないですよ。だからあなたも急ぐなら125に乗ればいいんですよ」



 ほう。そうきたか。

 ではこうでようか。



「えーとですね。照会センターに俺のバイクを照会していただいていいですか?」

「はい?」



 怪訝そうな警察官。青切符の記入は止まっている。

 照会センターとは警察のデータバンクだ。

 ここに問い合わせれば、車両の持ち主から、色などまで判明できないものはない。

 ついでに犯歴から指名手配、家出人までありとあらゆる情報が引き出せるという。


「事実誤認があります。確認をしてください」と俺。

「はい?」

 強く出る俺に何かを感じたのだろう。ボールペンを置いた警察官は、俺を覗き込んだ。





「どんな事実誤認があるのです?」

 今までの愛想のよい表情は消え、犯罪者を見据える冷たい警察官の目があった。目をそらしそうになるが、ここで折れては大分県人の名折れだ。


 だから言い放つ。


「排気量を確認してください!」

「排気量?」

 数秒の沈黙。



「排気量の何が事実誤認なのです?50CCの原付でしょ」

 警察官はあきれた風に俺を見ていたが、はっと気づいたようで、手元の無線機を握った。

 小さな携帯用の無線機だ。本部の照会センターにつなぐのではなく、移動交番のそばの警察官に連絡のようだ。

「N巡査! バイクの確認。ナンバーの色、番号、車名を!」

 今、移動交番のそばに停めているのは、俺のだけだ。

 さあ、どうでる。



「S市やまとのや○○○○。桃色ナンバー。HONDA XR100と表示」

 実に簡潔に返答が帰ってきた。さすが警察だ。歯切れがいい。

 「やまとのや」とは、無線符丁だ。「や」を「やまと」ということで、聞き違いを防止するものだ。無線関係者なら使う符丁である。

「....了解っ!」

 警察官の目つきが、ぎんっと鬼になった。


 俺には向けないが、かなりお怒りのようだ。


 その様子を見たもうひとり、奥にいた警察官が移動交番車につけられた無線機で、本部に連絡をとり始める。

 こっちには聞こえないように連絡をとっているのが、わかる。

 本部からの音声を漏らさないようにイヤホンで聞いているようだ。


 さあ、どうでる。




 本部から返答があったらしい。

 奥にいた警察官が、すすっと動いて先ほどの警察官に耳打ちする。

 照会は完了したようだ。




 ちょっと考える風に首をかしげていた警察官が温和な顔で俺に優しく言う。



「あー、車の確認いいですかね」

 願ったりかなったりだ。



 警察官に連れられてマイクロバスを出る。

 移動交番のそばに愛車がある。

「これです。HONDA XR100 99CCの林道バイクです」

 胸を張って説明する。







 バイクを確認した警察官は、丁重な謝りの言葉と共に俺を無罪放免にした。



 本当は無罪放免に至った経緯をWEBで事細かに曝したい 書きたいところであるが、俺を取り調べた警察官が、呼びつけた停止係と現認係を、その場でどんな目にあわせたかを目の当たりにしたので書かない。

 いや書けない。

 ちょっとすっきりとした気持ちで、道路にもどった俺は、少々割り切れないものを感じながらも、バイクを走らせていた。

 いくら俺が大きくてXR100が小さいからって、原付に見間違えて検挙しようとするなんて...。


 当然ながら、道交法では99CCのバイクに2段階右折は適用されない。

 警察官が俺のバイクを原付と誤認したのがすべてだった。



 しかし、XR100モタードは、警察官に原付と間違われるような大きさなのだろうか。

 実は、XRモタードの系列には99CCの下に49CCのXR50モタードがラインナップされている。

 諸元を確認してみよう。


 引用先は、http://www.honda.co.jp/news/2005/
2050214-xr100-motard.html
 ホンダのサイトである。明記する。

 諸元

 ここから引用

通称名 XR50 モタード XR100 モタード
車名・型式 ホンダ・BA-AD14 ホンダ・BC-HD13
全長×全幅×全高(m) 1.785×0.765×1.000 1.820×0.765×1.000
軸距(m) 1.235 1.240
最低地上高(m) 0.175
シート高(m) 0.750
車両重量(kg) 83 86
乾燥重量(kg) 79 82
乗車定員(人) 1 2
最小回転半径(m) 2.1
エンジン型式・種類 AC16E・空冷・
4ストローク・OHC 単気筒
HC07E・空冷・
4ストローク・OHC 単気筒
総排気量(cm3 49 99
内径×行程(mm) 42.0×35.6 53.0×45.0
圧縮比 9.2 9.4
最高出力
(kW[PS]/rpm)
2.4[3.3]/8,000 4.8[6.5]/8,000
最大トルク
(N・m[kg・m]/rpm)
3.2[0.33]/5,000 6.6[0.67]/6,000
燃料消費率(km/L) 86.0
(30km/h定地走行テスト値)
53.2
(60km/h定地走行テスト値)
キャブレター型式 PB3NB PB5QB
始動方式 キック式
点火装置形式 CDI式 マグネット点火
潤滑方式 圧送飛沫併用式
燃料タンク容量(L) 5.7
クラッチ形式 湿式多板コイル・スプリング式
変速機形式 常時噛合式5段リターン
変速比 1 速 3.083
2 速 1.882
3 速 1.400
4 速 1.130
5 速 0.960 0.923
減速比(1次/2次) 4.437/3.285 4.437/2.200
キャスター(度)
/トレール(mm)
28°30´/90
タイヤサイズ 120/80-12 65J
120/80-12 65J
ブレーキ形式 油圧式ディスク
油圧式ディスク
懸架方式 テレスコピック式
スイング・アーム式
フレーム形式 ダイヤモンド


引用終わり


 諸元を見るとかなり共通化されている。なるほど、これでは見間違うのも無理はないかもしれない。
 

 次に画像で確認しよう。

 HONDAのサイトからXR50モタードの画像を引用する。
 引用先は、
 http://www.honda.co.jp/pressroom/
products/motor/xr/xr50_2005-02-14/
 である。



 HONDAのサイトからXR100モタードの画像を引用する。
 引用先は、
 http://www.honda.co.jp/news/2005/
2050214-xr100-motard.html
 である。



(画像をクリックするとHONDAのHPにリンクする)






 さてさて、じっくり見てみよう。

 なるほどそっくりである。

 これではナンバープレート以外で判断は難しいだろう。


 大分県では桃色ナンバーは原付2種に割り当てられている。佐伯市ではひらがなの部分は「や行」が指定されている。確か大分市では「は行」だったような。市町村で平仮名は違うが色は共通化されていたと思う。



 想像してみる。

 原付そっくりなバイクが、2段階右折を無視して交差点を曲がり始める。

 原付だ。

 わざわざ交差点を曲がってくるバイクのナンバーを確認などしない。

 ヘイ!カモ一丁!おいでませ。



 そこが今回の誤認検挙の裏側だったわけだ。

 まあ、間違って交通切符を切られなくてよかった。

 納得はできないが、笑い話の一つにしようか。



 さて、この笑い話を友人の警察関係者にしたら、彼は真顔になって妙な事を言い出した。


「牧村のバイクには、原付2種の表示がないからなあ」だと。

「はぁ?」


 実は、法として、原付と区別をつけるための「原付2種の表示」は、しっかりとあるのだそうだ。そして取り締まりの警察官も表示を確認しているという。




 表示するもの

 
フロントフェンダーの白帯とリアの△マーク



 
根拠となるもの

 
昭和29年12月14日に通産省重工業局長・運輸省自動車局長・警察庁警備部長により出された「第二種原動機付自転車の標識および速度計装備について」という通達。




 
1.第二種原動機付自転車の標識および速度計装備について

                 29重局第2101号 
                 昭和29.12.14    
            
                 通商産業省重工業局長 
                 運輸省自動車局長 
                 警察庁警備部長

 さきに公布された道路交通取締法施行規則の改正(昭和29年9月25日政令第212号、昭和29年9月30日総理府令第13号)および道路運送車両法施工規則等の改正(昭和29年10月1日付運輸省令第50号)により、第二種原動機付自転車は、原動機の大きさが125CCまで拡大され、これに伴い、下記事項は、交通取締および車両保安上必要であるので、昭和30年4月1日以後の第二種原動機付自転車は、必ずこれを遵守するよう貴会傘下に周知徹底方取り計らわれたい。

                           記

 車体の前方および後方に白色の下記標識を付すこと。

(a)前方標識は、全泥除最突端に、下図のような幅20ミリメートルの白帯とし、白帯の両端が泥除尖端より100ミリメートルを超えないこと。

(図省略)

(b)後方標識は、下図のような正三角とし、正三角形の一辺の長さは60ミリメートル、太さは10ミリメートルで車体後部の見やすい箇所に付すること。

(図省略)

2.下記基準に適合する速度計を、運転者の見やすい箇所に備えること。


以下、略。

(関係者より提供いただいた。)



 つまり、この通達によりメーカーはリアの三角マークとフロントフェンダーの白帯をつけて販売しているというわけだ。HONDAでは、ステッカーをちゃんと部品としても販売しているという。

 そして警察官は、通達に基づき、公正に取り締まりをしているというのだ。




「ええ?つまり、俺は道交法に違反していたってこと?」

 俺は青くなった。



 強気で異議申し立てをして放免されたのだが、違反だったとは。整備不良になるのだろうか。それとも???


 彼は告げた。


「いや、道交法にはない。

 これは通産省、運輸省、警察庁からバイク製造者に対して出された通達だから、使用者に対してのものではないんだ。

 だから牧村の言う違反というものとは、次元の異なる話だ。ただし、この通達は今も有効で、国内メーカーは従っている」





 
 ほうほう、そうだったのか。

 ちなみにうちのXR100モタードは購入したときから、写真のように、三角マークもフロントフェンダーの白帯もない。前のオーナーがレースに似合わないと剥ぎ取ってしまったらしい。

 ちなみに友人のXTZ125(ブラジルから輸入)に至っては、最初からついていないと言っていた。輸入車は別なのだろうか。

 もしつけなければならないのであれば、あわてて、発注しなければならないところだ。



 ほっとした俺に彼は冷ややかに言った。


「しかしなあ、原付2種の表示つけていないと、誤認検挙される率がめちゃくちゃ上がるよ?それでいい?」

「う....」






 なるほど。そういうことか。


 
 つけなくても罰則規定はないが、原付2種にはマークがついていると思っている警察官との間で、誤認検挙リスクが高まるというわけか。

 



 これは怖いことだ。さて、どうするか。



 考えた結果、仕事場の部材のあまりでステッカーを作ってつけてみることにした。これで解消するならという気持ちだった。


 が........。



 装着したらXR100がひどく可愛くなくなることに気づいた。

 三角形が逆ならいいのだが、正三角形がどっしり座っていては、可愛さ200%減である。




 うん。これは可愛くないなあ。

 これは剥ぎ取りたくなるなあ。

 これはいやだなあ。






 とりあえず、つけない方向でいこうか。


 これが結論となった。




     

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